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三島由紀夫

三島が小説を書き続けていたならどうなっていたのだろうか。
日本人二人目のノーベル賞は大江健三郎ではなく
三島由紀夫だったかもしれない。

さほど興味もなかったが、金閣寺を読んで以来
少しずつ三島の文体にのめり込んでしまった。
今時の小説は文体も明解で、誰が読んでも意図していることがすぐにわかる。
それはそれで自身の生き方に置き換えられるので共感できるのかもしれない。

彼の文体はその情景をいかに強烈に、最も濃厚に、そして最も美しく表現するかだった。
そこに強く惹かれた。
川端康成のノーベル賞受賞がなかったら、三島は小説を書き続けていただろう。
 豊饒の海 第四巻「天人五衰」最後の一文
   『この庭には何もない。
    記憶もなければ何もないところへ自分は来てしまった…』

これは小説を捨て、自暴自棄へと落ちていった三島の最後の言葉だったのかもしれない。
三島にハマり、様々な評論を読むと
最期まで子供のような純粋な人物だったことがよくわかる。
半世紀がたつ今、まだまだ日本人に“ミシマ”は受け入れられていない?
そんな気がする。